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新潟雪かきボランティア(スコップ)2日目

宿となる法末自然の家やまびこは廃校になった小学校の跡。体育館が残ってたりする以外は面影ない。
昔は映画の舞台にもなったらしい。

「スコップ隊ありがとう」の心強いメッセージ。
今日も頑張るばい。

現場最寄りのアジトに荷物を置いて午前の部スタート。急遽フジテレビめざましテレビの取材が入りカメラマンが密着。
昨日の現場の続きからスタートの予定だったが、取材拒否にあい別の現場へ向かう。
又聞きだが、テレビ取材に応じるくらいだったらボランティアも不要とのこと。

人が住んでないようだけどすごいのわかります?
今年の雪は例年の半分位とか言っていたが、これでも十分。

午前中の成果物。気温が低いので雪が溶けるはずもなく、掘った雪をどこに逃がすかを考えねばならぬ。
道路の端にかためておけば除雪車がさばいてくれるらしい。ただ車が通れるスペースは確保ね。

11:30から昼食。地元のおばあちゃんたちの手料理。
働いたのもあってうまいこと、うまいこと。
こういった人の温かみは都会にはないよね。

午後からも別の現場。雪を川に落とすのだが、水温が低いのか流れずに川が詰まっていく。
メンバーの一人が踏み外して着水。手を付いただけで済んだようでよかったね。

フジテレビのおばあちゃんへの取材。いつ放送されるのかな?
イスラム国の関係もあって時期は未定とのこと。ここのおばあちゃんからみかんをもらう。
いろんな現場でもらうのはなぜかみかん。この集落の通貨なのかな。

1Fが光が入らないほど埋もれていたのがここまで回復。
これだけ降っててもまだまだ少ない方というので恐ろしい地域。

最後の現場はお地蔵さんのお堂。人が住んでないので誰も手を付けないらしい。
確かに高齢者ばかりの地域なので、自分の家の雪かきも怪しいのでこういった施設には着手できないでしょう。

最後はアジトに戻ってお茶飲んで解散。
地元代表者の挨拶が印象的だった。当初は交通費を自腹切ってまで何が楽しくてこんな僻地にボランティアなんてくるものかと思っていたが実際はそうではなくびっくりしたという話。
ボランティアメンバーも個性的で熱い人ばかりなので楽しかった。
ただ、個人的には人助けとか感謝を期待しての向き合い方はできない。
なぜなら、相手がどう思うかは相手の勝手なので、運動不足解消という理由づけはブレないのだ。
また行きたいかと問われたらYESですが、来週と言われたら微妙・・・
家族と雪かきどっちが大事?と聞かれたら答えに窮するので。
だからか、雪かきボランティアのメンバーは独身か定年退職した世代が多いのもわかる気がする。
日本にもこんな場所があるのか、とか人の温かみを身近に感じる良い経験になった。




 

太陽光発電所

父が亡くなって、唯一の謎が解けた。
保険の求償や名義変更等は苦戦しながらもなんとかうまくいったが、
太陽光発電に関わる分のみブラックボックスだったのだ。
実家にFAXが来ていても意味が全く分からず、電話で会話しても専門用語が多いのと、メーター等がそもそもどこにあってどんなものかさえ誰も知らない状況だったのだ。
「太陽光ネットワーク」というNPOにそもそもどういった目的で加盟していたのか等々。
湯島に事務所があるので、仕事のついでに寄ってみて、やっと意味が理解できた。
まだ、太陽光発電がマイナーな時代に情報交換のコミュニティからスタートして今に至っているとのこと。
なかなか、詳細は理解できないもののエコに関することなので、引き続き入ることとした。

http://www.greenenergy.jp/

青春18きっぷ(その1)

思いつきで福島へ。
猪苗代湖を目指して。
ホントは新潟に行く予定だったが、寝坊したのでやむを得ず。

観光案内所に見どころを聞いても、冬はスキー以外で来る人はいないらしく。
ホントに何もない。

湖畔に野口英世記念館。
吹雪で猪苗代湖は見えず。

野口英世が左手に大やけどを負った際に母親が選択をしていた小川。
旧家もリアルにこの場所にあったようですね。

問題の囲炉裏。
生い立ちをDVD上映していたけど、逆境をバネにした生き様は美しい。
わざわざ来た甲斐はあった。

柱に刻まれた決意文。
これくらいの覚悟がないとダメなんでしょうね。

記念碑とか。
寒すぎて詳細は見れず。

帰りは快速で黒磯へ。
車両は特急並み。
あと4回乗れるのでどこへ行こうか?

深川不動堂とか。

厄払いに深川不動堂へ。
私じゃなくママしゃん。
浄土宗とは違う宗派なので、ちょっと変わったショータイム。
ゆく年くる年のロケとかあってそう。

神田へ移動しそばの名店「まつや」へ
オフィス街なのにすごい行列。
ホントは「藪そば」に行きたかったけど、行列がもっとすごい。

2,200円也。高いか安いかは何とも言えぬ。
ただ、三瀬そばのほうが好きなのは間違いない。

直方市石炭記念館。

ついでに足伸ばして直方の石炭記念館。
ん〜宮若のを見た後だったのでかなり残念。

屋外の展示物もゆっくり見たかったが生憎の雨。
直方自体も近寄るの20年ぶりくらいで駅前の商店街もシャッター通りになっている。

宮若市石炭記念館。

10年ぶりくらいに母の実家へ車で連れて行ったので、ふらっと寄ってみる。
ちょっと気になっていたところ。

この場所は貝島炭鉱が作った小学校の跡らしい。

昔のポスターとかもそのまんま。

過去の卒業アルバムとかも残っているとのことで、母の卒業年度から調べてもらったが残念ながらその年は残っていない。
後で聞くとこの小学校ではなかったらしい。

リアルに当時の器具とかもそのまま残っている。
こんなクソ田舎且つ盆の期間だったが、東京大学の大学院生が調査に来ていた。

右奥のマンションのようなところに汽車が走っていたのを、幼稚園の時であったが鮮明に覚えている。

富士宮ルートで富士山(リターンマッチ)

昨年9合目過ぎで暴風雨で断念した富士登山のリターンマッチ。
今年は、人が多すぎるスバルラインを避けて、山頂まで最短距離の富士宮ルートでチャレンジするのだ。

登り始めると雨・・・
去年と逆なので山頂付近で晴れるのを望む・・・

山小屋到着。
今回は8合目ではなく、7合目。雪が残っている。
今年は富士宮ルートの開通が雪のため遅くなっていると聞いてはいたが・・・

翌日は1:00に起きるのは起きたが、大渋滞で4時過ぎに出発。
ご来光はそもそも目的ではなく、登頂が目的。
未体験ゾーンの9合目過ぎで10歩進むだけで息苦しく立ち止まりなかなか先に進まない。
11時頃に山頂へ到着。

快晴で日差しは痛いくらいあるが、気温は2度程度。
空気が薄いので落ち着かず。

神社があるけど工事中。

売店や食堂もあるが中に入る元気はない・・・

ウンチク。

火口。阿蘇山のようだけど休火山なので煙は出ない。

奥の測候所が3776mらしいが、そこまで行く元気はないので連れに任せる。
ホント空気の薄さに息苦しく早く下山したい・・・

2年がかりで登頂した富士山を振り返ってみると・・・
・景色が変わらないので楽しい登山ではない。
・途中で雨が降らないことはありえないのでゴアテックスの雨具は必須。
登頂のコツは体力ではなく天気と体質(高山病)
結局は運に依存しているということね。

また登りたい?って聞かれたら「NO」ですね。後悔はしてませんが1回でいいところのような気がします。
 

永田町は奥が深い。

かねてからの懸案事項であった、国立国会図書館。
入館証作るのに待たされたが、入ってみてびっくり。
図書館のくせに本が並んでない。
web経由で閲覧依頼を出して本棚から出して来てもらうシステムのようだ。
せっかくだったので、あすみんが生まれたときの新聞をマイクロフィルムで閲覧し印刷。
東京ディズニーシーと同じ誕生日だったのだ。

すぐ近くに憲政記念館。
半ズボンでサンダル履きのおっさんは自分だけ。

尾崎行雄。

国会議事堂の3/4のスケールらしい。

ネームプレートたち。
安倍総理の名前もある。

ベタだけど、国会議事堂。
警備のお巡りさんに聞くと、予約すれば一般人でも入れるらしい。

国会議事堂から警視庁側。
永田町って結構暇つぶしができることに気付いた。
国会図書館にはしばらく通ってみよう。

 

前夜祭

あれからもう一年。明日で決着。
長かった・・・

懐かしい人たちと再会。

 

ちちてつ。

鉄じゃないけどSL観に行った。
JR熊谷駅の隣が秩父鉄道の熊谷駅。
旧国鉄の車両とかマニアにはたまらないらしい。
ホームに降りると結構人多い。
仕事で平日に来ることあるがそれに比べありえないほど多い。
来たバイ。
と思ったら電気機関車やんか。
と思ったらフェイントでバックで入ってきた。
蒸気機関車はバックできないのかな?
何とも言えない匂い。
SLといえば幼稚園くらいに筑豊の直方駅で見た記憶があるくらい。
展示してある機関車とは迫力が違うね。
約10分停車して出発準備。
昔は本当にこれが主力だったんでしょうが石炭入れたりこのクソ暑い中大変そう。
行ってらっしゃい!!
熊谷駅での滞在時間は約20分。往復で2時間半。けど来た甲斐はあった。
乗ってても普通の客車なので見るだけのほうがいいかもしれない。
秩父鉄道さんのカレンダーはアマチュアの写真コンテストの入賞作が写真になるので結構いいばい。

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